2010.7.12作成
「海外で地域に根ざした生活や、なにか役に立てる活動を通してビジョンの肥やしとしたい」
そう考えた私は今年こそ仕事を辞めて、NGOのボランティアをすることを決意。そして地図を広げた。
みんな人生は1回きり!!
それならやるべき道を進む。
自分の活動は華やかなものではないかもしれない。
しかし、自分の大事にしてるものがある。自分の持ってる世界がある。その世界を逞しく育ってみせる。
この1年は今まで味わったことのない様々なカラーが混ざってくる。その過程を、ブログを通して一度綴ってみたかった。
みんなには其々の磨けば光る何かがある。それに気づかない,それを知らない人に、このブログが何かのお役に立てれば、なお一層嬉しい。
日本を出発する時に同じボランティア仲間で共通のプロジェクトがあって、その中の一つに、“幸せのカタチって何?“この答えを集めようってのがあった。
バングラデシュの国自体が貧しいゆえ、根本的に貧しい人が多い。それゆえか、田畑の土地権利争いから、バトミントンのゲーム中にわたって殴りあいの喧嘩にまでエスカレートし、村全体を巻き込むケースがあった。(スポーツ用品高いのでお金出し合って買ったりするから、他の人が入ろうものならいざこざが起きたりする)
こっちの人は、車なんて持ってないからほとんど見ない。移動手段は人力車や自転車(大体は一家に一台の自転車が主流:買えることすらできない家も多い)。バイクはガソリンが高いしそこそこお金持ってる人が使ってる。
見た目でわかりやすいから上げれるけど、色んな人の家にお邪魔させてもらった感じでは、電化製品でいえばハイテクでカッコイイ携帯,テレビ,冷蔵庫,炊飯器,それらが揃えば次はカメラ,パソコンといった順序で裕福になるにつれてこれらが揃ってるように感じる。
携帯は大人の中で言えば8割強の人が持ってる。 家で言えば、ワラでできた家,トタンの家,コンクリートの家って順序。
日本や先進国,先進国に近い途上国の人はそれらを全て持っていることが多い。でも、
もし仮に今の日本の状態より更にスペシャルな国があったとしたら、自分たちはそこに追いつけ追い越せ,ってな具合になるだろう。
実際はそのような差は無い。つまり物質的な豊かさってのはいうなれば飽和状態といえる。 さてさて、しかしそんな私たちは果たして豊かなんだろうか?
と聞かれるとすぐにはYESと言えない。それは、
物質的な豊かさ=豊かさ ではないことを意味する。
とするならば、そもそも豊かさとは?
自分の興味ある発明家の方に聞いた話は、 戦後の日本は発展を求めてハイテクを目指した。その結果―→
幸せではなく“いぶかしさ”が増えてしまった。 って言ってた。
ある程度の一定の基準はあると思う。その辺の基準は多少個人差によるだろう。例外もあると思う。
大事な事は、自分の思う基準や、どこの基準に自分の状態があっても、(現状に対して)満足する姿勢だと思う。 例えば100%を求めていくんじゃなくて、80%~90%のところらへんで満足する心を残りの20%は気持ちを抑える,というか控える。とか。
ご飯で言うならば毎回お腹いっぱい食べたらお腹いっぱい一杯食べてたら、せっかく豪華な食事であっても美味しくない。だから、「食べようと思えばもうちょっと食べれるけど、まぁいいや」みたいな感じのところ。
例を挙げては見たものの、分かるかな??この例え。
ってことは実は、今の環境の状態で控えれる常態こそ、豊かと、言えるのでは? かといってそこに胡坐(あぐら)を掻かず。
という自分なりの疑問と一つの結論でした。
バングラデシュの国自体が貧しいゆえ、根本的に貧しい人が多い。それゆえか、田畑の土地権利争いから、バトミントンのゲーム中にわたって殴りあいの喧嘩にまでエスカレートし、村全体を巻き込むケースがあった。(スポーツ用品高いのでお金出し合って買ったりするから、他の人が入ろうものならいざこざが起きたりする)
こっちの人は、車なんて持ってないからほとんど見ない。移動手段は人力車や自転車(大体は一家に一台の自転車が主流:買えることすらできない家も多い)。バイクはガソリンが高いしそこそこお金持ってる人が使ってる。
見た目でわかりやすいから上げれるけど、色んな人の家にお邪魔させてもらった感じでは、電化製品でいえばハイテクでカッコイイ携帯,テレビ,冷蔵庫,炊飯器,それらが揃えば次はカメラ,パソコンといった順序で裕福になるにつれてこれらが揃ってるように感じる。
携帯は大人の中で言えば8割強の人が持ってる。 家で言えば、ワラでできた家,トタンの家,コンクリートの家って順序。
日本や先進国,先進国に近い途上国の人はそれらを全て持っていることが多い。でも、
もし仮に今の日本の状態より更にスペシャルな国があったとしたら、自分たちはそこに追いつけ追い越せ,ってな具合になるだろう。
実際はそのような差は無い。つまり物質的な豊かさってのはいうなれば飽和状態といえる。 さてさて、しかしそんな私たちは果たして豊かなんだろうか?
と聞かれるとすぐにはYESと言えない。それは、
物質的な豊かさ=豊かさ ではないことを意味する。
とするならば、そもそも豊かさとは?
自分の興味ある発明家の方に聞いた話は、 戦後の日本は発展を求めてハイテクを目指した。その結果―→
幸せではなく“いぶかしさ”が増えてしまった。 って言ってた。
ある程度の一定の基準はあると思う。その辺の基準は多少個人差によるだろう。例外もあると思う。
大事な事は、自分の思う基準や、どこの基準に自分の状態があっても、(現状に対して)満足する姿勢だと思う。 例えば100%を求めていくんじゃなくて、80%~90%のところらへんで満足する心を残りの20%は気持ちを抑える,というか控える。とか。
ご飯で言うならば毎回お腹いっぱい食べたらお腹いっぱい一杯食べてたら、せっかく豪華な食事であっても美味しくない。だから、「食べようと思えばもうちょっと食べれるけど、まぁいいや」みたいな感じのところ。
例を挙げては見たものの、分かるかな??この例え。
ってことは実は、今の環境の状態で控えれる常態こそ、豊かと、言えるのでは? かといってそこに胡坐(あぐら)を掻かず。
という自分なりの疑問と一つの結論でした。
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